書籍の内容
笛鳴らしの方治は、篠田屋の居残りである。
居残りとは遊興の金が支払えず、妓楼に留め置かれた者を言う。つまりはとんだ恥晒しなのだが、この男、他とは少しばかり毛色が違った。付け馬から医者の真似事まで、およそどんな仕業も如才なくこなし、殊に笛を巧みにする。その奏楽は、居残りでありながら座敷から名指しで呼び出しがかかるほどだった。
方治が少女と出逢うのは、とある夏の終わりのことだ。
死装束めいた白小袖の彼女は、その時、あわや侍たちに囚われんとする窮地にあった。
当初は見ぬ振りを決め込もうとした笛鳴らしだが、娘の言葉に思わぬ心の反射が起きてこれを救い、彼女が篠田屋楼主との縁を頼って他藩から落ち延びてきた身の上と聞き及ぶ。
菖蒲と、のちに季節外れの花を仮の名とする少女は、跋扈する豪商王子屋徳次郎とその爪牙たる椿組を一網打尽にする策を懐に秘めていた。無論娘が抱く起死回生は、王子屋一味の知るところである。先の侍たちもまた、悪漢どもの長い腕のひとつだった。
楼主の鶴の一声を受け、方治は菖蒲の守り手となる。
なんとなればこの居残りは、腕を見込まれ篠田屋に飼われた剣士であった。笛鳴らしの異名は器楽の技量に非ず、彼が振るう斬法にこそ由来するのだ。
斯くて方治は白刃を握る。
相対するは、人呼んで王子椿組。
火車。
化粧面。
双口縄。
村時雨。
そして――。
夜闇に笛が鳴り渡り、徒花のための剣は、やがて方治自身の心をも救い始める……。
作者からの一言
第4回歴史・時代小説大賞にて大賞を賜り、短編に大きく加筆する形で書籍化の僥倖に恵まれました。
時代小説と言えば、「難しい」「予備知識が必要そう」といったイメージがつきまとうかもしれません。ですが本作において、その手の懸念はご無用です。
メインは剣劇、人情劇。描くのは今も昔も変わらない人の情にございます。時代劇を見る気軽さで楽しんでいただるかと存じます。
斜に構えちゃったヒーローとか、明るい子犬系ヒロインとか、筋金入りの悪党どもとか、います。丁々発止のチャンバラ、あります。
自分の好きなものを好きに詰めた、玩具箱の具合です。
なので読み終えて「あー、面白かった!」と本を閉じてもらえたなら、これに勝る喜びはありません。
『居残り方治、憂き世笛』、どうぞよろしくお願いします。