私は、実在の地検特捜部案件の事件を、エピソードのスパイスとして軽く取り上げたことがあります。
あくまでも匂わせるだけで、知っている人なら知ってるという程度ですが。
ご質問の内容なら、まず問題にならないと思うのですが・・・
事件や事故は、被害者がいる限りある程度センシティブにならざるを得ません。
加害者を思いやる必要は、ハッキリ言って殆どないと思いますが、
被害者感情は第三者の立場からすれば、その深淵に迫ることは非常に困難です。
ですので、ドキュメンタリーでは被害者・加害者当人から情報提供を依頼し、
その一次情報でもって執筆することが重要になります。
小説だけでなく、マンガや映画でも近い過去の事件や事故をテーマにした作品は散見されますが、
そこには、少なくとも被害者に対する思いやりや配慮が不可欠です。
ここからは個人的な意見ですが、
「飛行機が突っ込む」というテロ行為は、既に現実に「実行された」手段です。
その意味では、サスペンス等で表現される殺人事件と規模の違いはあれどさほど変わりません。
むしろサスペンス・推理小説では新しい手口が作品の肝になることも多々あります。
実在の事件の手口と空想が生み出した手口。
どちらが罪深いかと言えば、どちらも同じでしょう。
事件・テロの描写だけでなく、普通の日常の光景、たとえば失恋シーンでも傷つく人は傷つきます。
露骨に実在の事件をなぞるのではなく、手口や社会的背景などをオマージュとして使うのなら、
まぁ、許容範囲かな、と思うんですが。
最近は重箱の隅を突いてガァガァ言う、ノイジーな方が増えてますからね。
それも気にせず書けるかどうか。
私みたいに一切SNSをやらずに雑音を物理的にシャットアウトするか。
どちらかですかねぇ。世知辛いですけど。